Column コラム
公共組織支援メールニュース 2008年09月
「育成方針を出すこと」と「育成すること」のギャップを埋める
総務省が「地方自治・新時代における人材育成基本方針策定指針」を出した平成9年以降、各自治体でも徐々に人材育成の方針を出すところが増えてきた。しかし“方針を出した”からと言って、職員の育成のし方が急に変わるものではない。
方針が出されても、ほとんどの職員は“新しい方針があるらしい”とおぼろげながら知っているだけで、“どんな方針であるか”という肝心な方針の内容までは、ほとんど知らない状況にある。組織や業務の方向づけ、職員の育成に大きく関わっている行革や研修部門の担当者でさえも、方針の中身を明確には知らないことが多いのだ。
行政組織では、「方針をつくる」「方針を出す」「方針を共有する」というプロセスがとても機械的に進められているように感じられる。
「方針をつくる」には、方針策定委員会などを設置して、選ばれた職員が、国の指針をもとに庁内の現状やその他官民機関の先行事例を調査して、かくあるべしという格好のよい文言を取りまとめた冊子を作成する。「方針を出す」にあたっては、管理職や職員を対象に講演会などを開催する。そして「方針を共有する」ために、方針が書かれた冊子を各部署に配布するか、昨今ではホームページに掲載して伝達する。これらはいずれも淡々と進める“作業”と化している。
また、出された方針は、現場にきちんと浸透して守られているはずという“建前”がまかり通ってしまう。しかし実際には、新しい育成方針が出されたからといって現場にうまく受け入れられないことのほうが多くあるものだ。多くの管理職には、「今さら人材育成などと言われなくても、今まで十分うまくやってきた」という自負があり、方針ができたからといって自分のやり方をすぐに変えるということにはつながりにくい。
私たちスコラ・コンサルトが支援する風土改革では、組織が持つあるがままの現実を受け止め、事実と向き合い、その背景にある本質的な問題をとらえて解決していく「一緒に変わる」プロセスを大切にしている。このような方針の策定から浸透にあたっても、その方針について考え、対話し、上司と部下が一緒に取組むプロセスをつくり込むことが大事だ。
人材育成方針が意味していることは何か、何のために今改めて方針にする必要があるのか、それぞれの職場で実際の仕事について語り合うなかでこそ方針は共有されてくる。そのような対話を通じて、「今まで行なってきた人材育成と何が違うのか」「これから求められている育成とは何か」が明らかになってくるだろう。
また、方針の内容が頭で理解されたとしても、必ずしも“できること”にはつながらない。育成のし方は、日々の仕事のやり方や上司と部下の関わり方のなかに根づいているからである。
たとえば階層別研修などを受け、上司と部下のどちらか一方が研修で習ってきたとおりに働きかけたつもりでも、相手に通じなければ意味がない。研修などで“理解したこと”が“できること”になるためには、相手から「わからない」「できない」という声をいかにうまく引き上げられるようにするかがポイントになる。声があがれば、「なぜわからないのか、できないのか」を上司と部下が一緒に考える機会を持つきっかけができるし、「今までの何を変えればいいのか」、新しい方策を見つけ出す道筋をつくることも可能になる。つまり上司と部下が一緒に考え、対話をし、日々の仕事のなかで共に取組むことができてくる。
これら方針を「浸透する」プロセスには、「失敗してはいけないもの」という公共組織の無謬性が影響している。新しい方針を、「わかるもの」「できるはず」という前提で落としていくと、表面的な伝達に終わり「浸透する」までには至らない。一人ひとりの腹には落ちていないから、仕事のなかで行動されることにもつながってこない。これでは本来の「人材育成」も、なぜ育成が進まないのかという本質的な問題が潜在したまま、解決されないことになってしまう。そうならないためには、新しい方針を出しても、本来最初は「わからないもの」「伝わりにくいもの」「やれないもの」であるという前提に立ち、現場で上司と部下がやりとりしながらトライ&エラーを繰り返して、ともに育成し合っていくプロセスをつくり出す環境が必要である。失敗を財産にしていくことや、そのチャレンジを前向きに評価して、プロセスを伝えていくことが重要だ。
プロセスデザイナー 元吉由紀子