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公共組織支援メールニュース 2010年01月

失敗から学び取る真の強さ

 先週、携帯電話が鳴って、取ってみると懐かしい声が聞こえてきた。もう何年も電話がかかってくることなどなかった人だったので、少し驚いていたら、「今日はうれしいことがあったので電話しました。実は、九年ぶりに首位になったんですよ」との知らせだった。彼は、キリンビールの社員で、数年前私が知り合ったころはある地域の企画部署のミドルだったが、今は別の地域の支社を率いている。“首位奪還”、それは九年越しの全社あげての悲願だった。


 その昔、「ビールと言えばキリン」と言われるほどダントツのシェアを長く続け、その地位は不動のものとさえ思われていた。しかし、それはメーカーと卸、酒販店という流通構造に支えられたものであり、いつの間にか、お客様(消費者)が遠い存在になってしまっていたのだ。「何かおかしい」、そう気づいていた社員はいたのかもしれない。しかし、「いや、大丈夫。うちはナンバーワンだから」という言葉が疑問をすぐに打ち消してしまう。成功体験の積み重ねは、環境の変化に対する感度を鈍らせることにつながっていた。
 そこに登場したのがアサヒビールのスーパードライだった。王者の鼻はへし折られた。2001年「『お客様本位』『品質本位』から再出発しよう」と、社長が社員に頭を下げて謝る衝撃的な出来事から、キリンの王者復活の道は始まった。しかし、一度失った顧客の信頼はそう簡単には取り戻せるものではない。がんばっても、がんばっても、なかなか追い越せるものにはなり得なかった。すでにお客様はビールだけを楽しむ時代ではなくなっている。流通経路からお客様のもとへ、販売の量から質へ、ビールからビール以外へ、復活のためには過去の価値観からの脱皮が欠かせない。それは、現場で「お客様の声を聞く」「おいしさを届ける」地道な活動を積み重ね、お客様と出会い、ともに喜びを感じる、社員のやりがいを量から質へ再生する活動でもあった。
 しかし、心ある社員が動き出しても、なかなか職場には広がらない。すぐれた地域の活動があっても、すぐには全国に広がらない。一喜一憂しながら活動を繰り返し、それでも愚直にやり続けることを通じて、徐々にだがスパイラルアップして社員の手応えが感じられるものとなってくる。そして、2005年からは長期経営ビジョンが発表され、社長が現場の第一線まで出向いて対話をし、思いを重ね合わせるビジョン実現活動へと進化していった。「一人ひとりが主役になる」「みんなで夢を語り合う」「ともに汗して、分かち合う」、一つひとつは特別ではない行動だけれど、それが当たり前の仕事の拠りどころになるように、みんなで実現していく風土改革の取組みが繰り広げられてきた。


 風土改革には10年かかる、という言葉がある。目先のシェアは結果に過ぎない。シェアを勝ち取れる体質こそが、この9年間にキリンビールという会社が身につけてきた、真の強さなのではないだろうか。本当に強い企業とは、社員みんなが失敗を他人事にせず、自分たちの現場から見直し、誠実にお客様と向き合い、その声を聞き続ける力にあるということを、私はキリンビールの社員の皆様から教えていただいた気がした。サントリーとの統合という経営の選択も、失敗をバネに育んだ柔軟さと俊敏さから生まれた次の十年に向けた挑戦と言えるだろう。


 今の日本も、新しい政権のもとで2010年の年を迎え、いかに新しい国の体質を築いていけるのかのチャレンジをしようとしている。しかし、政・官・民の構図にはまだまだ過去に引きずられている側面があり、脱皮することは決して容易なことではないだろう。それでも、新しい関わり方と新しい仕事のやり方を築いていくために、それぞれの現場で地道に実践をして、実績を積み重ね、スパイラルアップさせながら、真の強さにしていきたいものだと思っている。
 

プロセスデザイナー 元吉由紀子

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