Column コラム
行政経営デザインメールニュース 2025年12月
企業支援している私が行政の職員と関わって感じたこと
「職場では浮いてしまう可能性があるけれども、自治体職員にとって磨くべき大切な能力がある」 あるプログラムへ参画しての私の感想です。
1.3週間の缶づめプログラム
私はこの13年間、地方自治体職員を六本木に3週間缶づめにして教育するという 凄いプログラムに参画しています。
その凄いプログラムとは政策研究大学院大学(通称GRIPS)が行なっている 農業政策短期特別研修です。これは地方自治体(県や市町村)の主に農業関連担当者が 政策を立案する力をつけるために3週間ぶっ続けで行なわれる研修です(日曜日は お休みですが)。農業分野の著名な実業家および政府の官僚が講師として 招かれ、その講義を受けたり、食品の販売・製造現場に出向いたりして、 最終的には自分の政策プランをつくりあげるというプログラムです。
私は普段、企業の組織風土改革や研修に携わっています。 その私がなぜここへ参画しているかといいますと、そのプログラムの最初に 「ファシリテーション」の科目が組み込まれているからです。 このプログラムは、午前中に官僚と実業家の異なる観点からの情報提供があり、 午後はその内容をもとにディスカッションを行ないます。
情報をインプットするだけでなく、そこから何を学び取るかを自分たちで アウトプットしていきます。参加者は、それぞれが自分の観点で アウトプットするため、当然違いが出てきます。その違いを大切にしながら、 より深くその時のテーマに対する考察を深めていくという流れです。
そのディスカッションの際に、参加者が順番でグループのファシリテーター役を務めるのです。 最初にこのプログラムを企画した方が「政策を推進していく自治体職員には 今後ファシリテーション技術が必要になってくる」と予測して こういった構成を考えられました。そのファシリテーションの部分を 私たちは引き続き支援しています。
13年前、私たちが呼ばれた当初は、参加者の中にファシリテーションの必要性を 感じている方は皆無でした。しかしこの3週間でファシリテーションの価値を感じ、 それを持って帰って実践に生かす方々が年々増えてきました。 したがって、企画した方の意図は正しかったのだと思います。
2.現場に戻って浮いてしまう卒業生
先日、この研修を卒業した方々の集まりがありました。希望者だけの集まりでしたが、 数年ぶりにいろいろな方の変化を耳にすることができました。 その中で面白かったのはこの3週間の研修から帰ると いったん周りから「浮く」そうです。実はこの研修で最も鍛えられるのが 「考える力」です。特に意味・目的を考える力です。「なんのためにやるのか」「なぜやるのか」「それは本当に正しいのか」など、 WHYの問いかけに応じて考える力です。
実際、研修に参加したみなさんは、最初こういったことを考えるのが 苦手な方がほとんどです。それは日常の仕事では「どうやるか」 つまりHOWは考えているが、なんのためにやるのかは考えていないからです。 もう上からの指示でやることが決まっていて、それをやるだけの仕事が多いからだと思います。
HOWを考える頭の使い方とWHYを考える頭の使い方は違うようです。 同じことは企業でも起きています。そういう私も昔WHYを考えられなかったので よくわかります。それでWHYでいくら考えろと言われても、 そう簡単にそういった脳にはなれないのです。
ところがこの研修は3週間ありますので、3週間ほぼ毎日WHYの問いを投げかけられ 考えていると、考えることができるようになります。 逆に言うとそれだけ集中的にやらなければ脳のシナプスが繋がらないのかもしれません。 私自身もある時期徹底してWHYを考える訓練をしたことにより 頭がそちらに働くようになりましたから。
だからこの研修にいくと、職場の周りの人とは違った領域で考えるようになるので、 職場に戻ってから、少し合わなくなってくるのです。 しかも周りの人が考えにくいWHYの問いかけ、 例えば「それはどうしてなんだろう?」とか「何のためにそれをやるんですか?」 と言ってしまったりするので、たぶん面倒なやつと思われた人もいるでしょう。
先日の卒業生の集まりの中で何名かが卒業後の自分の活動を紹介してくれました。 どれも素晴らしいものでした。自分がいる地方に対する危機意識から さまざまな情報を集めて企画構想を立て、いろいろな人を巻き込みながら 実現していく。そんなストーリーの話でした。
私は彼らの活動を聞いていて、「あー、こういう人がいるから 見えないところで地方における危機回避ができているんだなあ」と感じました。 ただ、その実現のためには多くの壁を乗り越えていかなければならない という現実も伝わってきました。
3.前進していくために重要な企画構想力
やはり行政組織は守りの風土が強いみたいです。「余計なことをやるな」とか 「失敗しない保証はあるのか」とか「それは私たちの範疇を超えている」とか 新しい動きを抑える風土が強く働くようです。しかし、 新しいことをやっていかないとまずいという現実が一方にはあるのです。
組織が前に進んでいくためには「企画構想力」が欠かせません。 しかもどうやるかだけではない、「何をやるのか」といった 0から1を生み出すような発想力が大事になってきます。 参加者のみなさんの話を聴いていると、現場では目の前の仕事を どうこなすかばかりで、自治体の何が問題で何をやったらいいのかに 意識を向けている人はほんの一部だという印象です。
しかも発表者の中である程度実現までこぎつけたのに、 人事異動により実現途中で離れないといけない人もいました。 これをやり遂げようと思いを持った最初の存在はとても貴重です。 このあたりを行政組織ではどう考えていったらいいのでしょうか。
いずれにしろ思いをもって企画構想する人材およびそれをフォローしていけるような 組織風土、それはとても大切だと思うのですが、意図してつくっていかないと なかなか難しいのだろうなと思います。
企業もそうですが、目の前の仕事に追われて、物事を中長期的に考えることが できづらい状況が多々あるようです。しかし長い継続をめざすのであれば、 先を見て構想できる人材、新しいことに取り組みやすい組織、 そんなことを意識してやらなければ停滞してくると思います。
このGRIPSのプログラムは現場から未来の中核になりうる人材を 一定期間職務から外し、現場では養いにくい視野や考える力を 徹底的に育てていくものです。こういった機会も中長期に見た人材育成として 有効な選択肢だと思います。そういうところに関わらせていただいて、 ありがたいとあらためて思わせてくれた卒業生の集まりでした。これからも 私なりの関わりで地方をよくしたいという方々の力になれればと思っています。
プロセスデザイナー 高木 穣



